チンパンジーのキキ
 
 

アフリカ大陸はサバンナ・砂漠・大湿地帯・ジャングルと多様な形態をなしています。ジャングルは昼尚暗い不気味な大きな森ですが、「地球の田舎」という印象でした。父親の本棚にジャングルでピグミー(正しくはバンブーテという人々)と暮らし帰らなかったアメリカ人の本があって、子供のころ不思議でした。コンゴのジャングルに入ると、一個の人間は謙虚さを学ばされます。バンブーテは狩をしていますが、エコロジストの先輩とでもいうのか、豊富な森の恵みを受け生活していました。ジャングルで彼等と半年暮らし、僕は栄養失調・マラリア・肝炎にかかってしまいましたが、その帰らなかったアメリカ人の文明拒否がなんとなく理解できました。うまく説明できませんが、ジャングルでは「人間らしさ」を体現させられるからです。

コンゴのジャングル・イトウリの森でチンパンジーの赤ん坊をもらいました。それがキキです。お腹にサナダ虫がいて駆除しようと錠剤を飲ませようとしたら咬みつかれ、手足尻タコに寄生する砂ダニをメス・ピンセット穿り出したりして、以来キキは親と思ったようで、一緒に、巨大なショーガの赤い実を食べに行ったり、幻の怪獣マケレンベンベの住む穴を覗いたり、ジャングルを探検しました。真夜中に僕たちのテントがサファリアリの襲撃を受けたり、砂金を洗いに行ってチンパンジーの群れに突然脅かされ、僕たちは川底でひっくり返りました。チンパンジーはキキを取り戻しに来なかったのです。もう自然に帰すことを諦め、森のバンブーテにさよならを告げ、キキと一緒にコンゴからウガンダを通過してケニアの首都ナイロビまでのサファリはもう珍道中でした。マラリア上がりの体調で、動き回る体重5キロを抱えてのヒッチハイクは楽勝でしたが、独裁者アミン大統領直轄のウガンダ兵士に息子と間違えられ、「彼のパスポートがない!」といって拘束されました。兵士が僕を殴るのをみてキキは兵士の長靴に噛み付きました。ナイロビでは旧宗主国イギリス人の夕食に招かれ、そのテーブルの下で黄色い塊を捻り出し、仕方なく動物孤児院に収容させました。その後、キキは日本の動物園に引き取られましたが、最初の冬に肺炎で死にました。ナイロビですっかりしょげた僕は、もう帰国しないぞと決めてしまいました。

その後、このサファリを童話「ぼくとキキのアフリカサファリ」(旺文社刊:児童文芸新人賞受賞)として出版してもらいました。また、その後NHK特番「さよならキキ」(宅麻伸主演)で放映していただきました。視聴率高かったです。\(^o^)/

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