![]() |
||||
| スラム、エイズ、ストリートチルドレン | ||||
|
以下、キコンバで取材したカメラマンの感想文の抜粋を掲載します。
撮影エリアはキコンバのプムワニという地域だが、その中にも区画ごとにニックネームがついている。ストリート・チルドレン(とはいえ、凡そ大人になっている)が公民館に収容されて集団生活を送っている「ソフィア」、ブザーという醗酵酒を造っている酒場のストリートがある「ディゴ」、中古靴売りのストリートを挟んで掃車場の「カタンガ(コンゴで動乱のあった所)」、広大な青空古着市場の「ボデニ(海岸地域の住民名)」、そして居住区の「バシュ」、「マシイモニ(穴場)」、「バジュン(海岸地域の住民名)」。ここは生活の場であり、洗濯場があり、バジヤ(アラブ風チップス)やチップスを路上で揚げて売っている太ったMama達が活躍しいる。そして、一発屋と言われる娼婦長屋も多く見うけられる。また「ニュー・プムワニ(新海岸というスワヒリ名だが別名カリフォルニア)」と呼ばれる団地エリアもある。部屋は東京のワンルームアパート並みで決して広いとは言えないが、スラムに暮らす人々にとっては憧れの中クラスのエリアとなっている。「プムワニってなんという意味?」とアブデイ・アリに尋ねると「relax place!(スワヒリ語で海岸という意味だが!)」という返事が返ってきた。私は3ヶ月間キコンバへ通ったが、よそ者の私でも、ここがrelax placeになるのにそう時間はかからなかった。下町の人情味が満ち溢れていた。しかし、ここにはムスリム(回教徒)の居住者が多く、宗教的に、特に女性は写真を嫌う人も多く、写真を撮りにくいという事はあった。さらに、カメラを持って歩く事が少し後ろめたかった。スラムには失業者、病気や犯罪など様々な問題がたくさんある。貧しい生活の様子が手に取るように見え、その中にカメラを持ち込み、彼らを撮る事が心苦しかったのだ。しかし、お金はなくても笑顔があり、それがせめてもの救いで、私は写真を撮り続けた。 スト・チルが寝起きしている公民館のあるソフィアにもよく通った。学校の体育館での合宿といった具合なのだが、もちろんそんな健全な雰囲気ではない。中では、お金を賭けてカードをしたり、10才に満たない子供達もグルー(シンナーを含む接着剤)やマリファナを吸っている。グルーが買えない子供達はガソリンを吸って喉をつぶしてしまう。そうやって、空腹やつらい現状から逃避しようとしているのだ。もちろん中にはYMCAに開設したコースなどへ通い、技術を身につけ、この生活から抜け出すために頑張っているスト・チルもいるし、グルーを吸っている連中に注意する者もいる。テレビやマスコミの取材を時折受けるようで、ジャグリングや、歌、変わりどころでは口の中でタバコを吸う曲芸など、芸を武器にプロデュースしてもらおうと必死に練習してアピールする子供たちも大勢いる。彼らがストリートに出ざるを得なくなった状況を考えると、頑張っている者へも、またグルーやマリファナにすがっている者へも、平等に何かをしてあげたい気持ちがこみ上げてきた。道を歩くと「piga picha! piga picha!(写真を撮って!)」と笑顔で近づいてくる。一枚撮ると「mimi! mimi!(私も!)」と言って終わりがない。 青空古着市場へ足を踏み入れると、そこはてんこ盛りの衣類の山が密集し、下着からスーツ、夏物や冬物何でも手に入る。物と人があふれ、喧騒の中を売り手の粋な掛け声をバックグラウンド・ミュージックにして歩く。「アメリカから来たTシャツが20シル! 安いよ!! みんな早く持って行け〜!」なんて言ってるらしい。実は、ここの衣類はエチオピアやソマリアへの援助物資の横流し物らしい。欧米ブランドのシャツがミネラルウォーター並みの値段で安く買えるので、ケニアの衣類メーカーは大打撃を受けるどころか繊維産業自体が発展しないというような状況であった。「横流しの黒幕は政府の要人が絡んでいるから、深入りして調べると殺されるよ」なんて脅かされもした。ここにある援助衣類はまず、ケニアのモンバサ港へ着くのだが、そこで横流しが発生する。するほうもするほうだが、物資を送っておいて、通関、輸送もそのまま現地任せというのもいかがなものかと思う。それでも私はこのマーケットの賑わいが大好きだった。
神戸先生と一緒に行くと、スワヒリ語のわからない私が見ている風景に色をつけてくれる。特にマタトゥ(庶民の足の乗り合いバス)でキコンバへ通う時には様々な人間模様が垣間見れるのだが、神戸先生はそれを日本語でこっそり教えてくれた。ある日、渋滞マタトゥの助手席に座っていた男性客が、前のジャガイモを積んだトラックの荷台に乗っていた男性に向かって叫んでいた。「いつも、5時になるとナイロビの道路は渋滞するんだ! それをすばやく割り込んですばやく抜け出すのがマタトウなんだ。お前らみたいなナイロビの交通ルールを知らない田舎運転手が来るから道路渋滞するんだ。そのジャガイモ袋を縛っているロープで自分の足縛って、さっさと田舎へ帰れ!」と脅していた。また「マタトウのドライバーが助手席に乗り込んだ中年ママに口説かれてるぞ! しかも彼女は往復乗ってジュースまでおごってるみたいだよ」とこっそり教えてくれた。ナイロビの街中にも面白い光景がたくさんあるようだ。次回ナイロビに来る時までには、スワヒリ語を勉強しようと思っている。現地の言葉を理解すれば英語よりコミュニケーションも図れるし、本音ももっと聞き出せるかもしれない。それに他人の会話もちゃっかり盗み聞きし、生の面白い情報も入ってくるだろう。そして何より、彼らの心に近づくことができる。僕は、今後もキコンバの写真を撮り続けここで写真展を開催したいと思っている。 04年末 米倉史隆fumitakayonekura@hotmail.com |
トップ ・インデックス ・プロフィール ・獣医 ・チンパンジー キキ ・ 野生動物 ・マサイとツェツェバエ ODA(政府開発援助)と環境問題 ・ エイズ、スラム ・友の会について ・連絡・募集 ©Africa & shumpei kambe fellowship |
||