![]() |
神戸俊平プロフィール |
|||
そして、1971年、退職金と農家からの餞別を元手に、念願のアフリカへ飛びたちました。それから約5年間はバックパッカーのサファリを続けました。喜望峰は強風で転げ落ちそうになり、国境ビクトリア滝で泳いでいると警備兵から銃口を向けられました。遭難死亡した学生を探しにキリマンジャロへ登り、ナイルを下りました。途中のスーダン南部は内戦が続きましたが、大湿地帯の水底はどす黒く、原因の油が沸いてました。アスワンダムを抜けアレキサンドリアから引き返しました。2千メートルのエチオピア・セミエン絶壁にヤギの先祖アイベックスがへばりつき、胸の赤いゲラダヒヒが長い毛をなびかせていました。セイシャルのジンベイものんびり泳いでました。コンゴ・ジャングルで優雅なオカピに会って、コンゴ川も下るとジャングルが禿げて草地に変わり果て、材木積んだトラックが行列でした。サファリの中継地ケニア・ナイロビで再び獣医の勉強しなおすことにしました。日本では学生運動のため勉強も知識も不足、またナイロビで学費不足でした(トホホ... >_<)。その頃、コンゴで感染したマラリアが再発して食欲がなくなった時に、ナイロビの日本人レストランへ行ったところ、合い席になったアメリカ人が変な趣味を持っていて、「貧しい学生に学費を出す!」というのです。すぐにナイロビ大学の獣医大学院に入学申請を出しました。ところが、大学事務局からなかなか合否の返事が得られずに困っていると、その頃知り合いになった元大統領の娘さんで当時のナイロビ市長がナイロビ大学獣医学部長に電話してあと押しをしてくれました。そのおかげで、1976年(昭和51年)ナイロビ大学大学院獣医学科マスターコースに晴れて入学。ところが、修士論文「手術前後の細菌感染について」を書く時には、語学力不足のツケが回り、頭の毛も抜ける程英語では苦労し、5年かかって大学院を終了しました。でも、「修士」資格取得後に獣医師免許がやっと発行され、日本人第一号のケニア獣医師になれました。 そして、ナイロビ市内で獣医開業することができました。 現在も、獣医師・NGOとして、マサイ族の家畜の診療、野生動物保護・象牙国際取引反対運動・ODA開発事業による環境影響の問題提起・スラムとエイズ貧困問題などに取り組んでいます。アフリカから地球や環境についての問題提起はサバンナの状況はもとより、ヒマラヤ、アンデスをまわり、近代都市のロンドン、パリ、ローマ、ニューヨークをめぐり、日本に帰国する度にアジア諸国を経由しながら、その問題提起の啓蒙発信しています。 著書に、「ボクとキキのアフリカサファリ」「熱血!動物のお医者さん」「サバンナの話をしよう」などその他多数。VIDEO資料に、地球家族の会編:「ねむり病とたたかう日本の獣医さん」、「忘れられた200万人大難民」などがあります。また、大阪の国立民族学博物館にてマサイとストリートチルドレンの映像が見られます。その他、「沈まぬ太陽:山崎豊子著」に登場する兵庫獣医、NHK特番「さよならキキ」では宅磨伸が神戸俊平役として主演、TVドラマ「アフリカポレポレ」では、いかりや長介の演じた獣医・鈴木などのモデルとなっています。 児童文芸新人賞、国際交流外務大臣賞、毎日新聞国際交流賞受賞。 |
〒150-0047 |
《神戸俊平 Kenya Nairobi連絡先》 P.O.Box 9549 00100 G.P.O Nairobi, Kenya
|
トップ ・インデックス ・プロフィール ・獣医 ・チンパンジー キキ ・ 野生動物 ・マサイとツェツェバエ ODA(政府開発援助)と環境問題 ・ エイズ、スラム ・友の会について ・連絡・募集 ©Africa & shumpei kambe fellowship |
||